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2016年6月涌井 駿

頬から落ちた夏

最近きちんと時間が進んでいると実感します。その時間ってのは世界の標準的な時間、日本が午前2時13分でタイは午前0時13分でとかではないです。当たり前の事だけどれども各々の時間が進んでると感じます。ゆっくりと一歩一歩地に足を着けて歩いてる人もいれば、ジャンプしながら進んでる人もいれば、少し休憩だと思ってベンチに腰をかけてじっくり話をしあう人たちもいると思います。

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先日、久しぶりに鼻をすする音や震える声を聞きました。聞きましたって言うとすごく客観的にいってるようですがドキドキしながら聞いていました。泣いている時そんな涙なんて関係ない位にきっと感情が高ぶっていてある種のトランス状態になっているのかなと思います。涙の種類にもよりますが。
僕自身最後に泣いたのはいつかなと思うくらい泣いていません。まあ思い出せるのは思い出せますが。泣いていないせいで涙袋はパンパンで早く放涙しないと何のタイミングでいつ決壊するか分かりません。決壊したらふもとの町は涙の海になるに間違いないです。けどたまに朝起きるとなんとなく涙がちょちょ切れてて「悲しい夢を見たのかな」と思う時もあります。

けどやっぱり自分の涙よりも人の涙の方がどうして良いか分からなくなります。笑えばいいのか、逃げたらいいのか、寄り添うべきなのか分かりません。雨だったら傘をさせばいいんですけどね。

関係ないなんて言いたい訳ではないんですが、こうどうも涙用の傘やカッパが欲しいなと思います。あと長靴も欲しいいかなと。その上で涙の町に入っていきたいかなと思います。
最近は泣いてはいませんが比較的泣き虫な方なので小さかった頃はよく泣いていたような気がします。母によると少し情緒不安定気味だったと言っていました。どんな風に情緒が不安定だったかは覚えていません。

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けれど怒るというよりふとした瞬間に何かが切れてよく物を壊していたような気がします。壊さないと気が済まないと言うより気づいたら壊わしていたと言う方が近いかもしれません。今思うと色んな物を壊していました。覚えているものだとゲームをしていた時何度もやっても上手くいかないステージがあって何回も何回もトライしましたけれどそれでもダメで思いっきりコントローラを床に叩きつけたことがああります。そんなに力強く叩きつけたとは思ってなかったんですが思いの外強く叩きつけていたみたいでコントローラは壊れてしまいました。ものに八つ当たりするのは良くないです。

 

「壊す」だけで言うと色々出てきます。まずは家の近くにあった田んぼの話をします。田んぼには沢山の思い出が詰まっているんですがその中でも一際印象に残っている事件です。

田んぼが水を張る時期、水が張るって事は色々な生き物たちが住み始め子供たちがその生き物たちを捕まえにくる時期でもあると僕は思います。当たり前に綺麗に整えられた田んぼにヅカヅカと入ったりイタズラをしていた小さい頃の僕らはしょっちゅう田んぼに水を張るための側溝からでる水を勝手に止めたり勝手に流してみたりしていました。

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ある時その田んぼの水を張る所を壊してしまったことがありました。側溝からでる水は少し硬く積み上げられた泥で囲われていてためその泥をのけると水が出る仕組みになっていたのです。故意的に壊したわけではなく多分踏んだのかもしれませんし壊したのかもあんまり覚えていませんが。ですがその時、田んぼ婆さん(田んぼの主)が現れてしまいました。当然の如く僕は家まで連行されました。田んぼ婆さんも自分でささっと直せばいいのにわざわざ僕の母のところまで行って、かなり誇張しますが「このクソガキが田んぼを壊したしたから直せ」と言ったそうです。母も母で「じゃあ直してやるわよ、田んぼ婆さん」と言うようなお互いに好戦的な態度だったそうです。

その時どんな風に直したかまでは覚えていませんが、暑い夏の日ちょうどお昼を過ぎた頃か15時の休憩くらいの時間だったのか。町の人は誰もいないなか母と2人田んぼを直しに行ったその時。揺れる緑の稲のなか真上から落ちてくる陽に照らされる母の汗の付いた横顔を僕は今でも覚えています。遠くからは暑さを応援するかのようにミンミンゼミが鳴いていました。

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