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2016年4月涌井 駿

睡眠と季節について

 

 

人生で最も長い移動時間は何時間だった?」と聞かれれば今の僕は考えもせず平気で40時間と答えるだろう。

ハノイからホーチミンまで寝台列車で行くことに決めていて、乗る前はすごくわくわくしたし、全然余裕と思っていた。

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今この段階で乗車時間が8時間経過した。順に説明をすると、まず初めに9時発の列車に乗る予定でこの日は始まった。朝6時半に目覚めとしては良くない感じで起きた。

こっちに来てからと言うか、今年に入ってから畳の部屋で寝ている。

だが布団一枚ですごく硬くて背中は痛いし、微妙に寝違えるし、全くと言っていいほどスッキリ寝れた試しがない。ベトナムもそうだが全くスッキリ寝れない。布団はチクチクするし、ベットは硬いし、いつも身体のどこかが石で殴られたように痛い。

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きっと去年のツケが回ってきたに違いない。

夏に入るまで僕の睡眠はきちんとしていた、身体の各臓器が正常に機能すように。夏に入ると胃袋や大腸、小腸が少しずつ死んでいった。何をしていたかも良く覚えていない。銀に輝くアスファルトの道路と東京のビルの窓ガラスが作り出す反射、古着のアロハシャツ、けだるいタバコの匂い、冷たいアイスコーヒー。これが去年の夏の記憶。花火も見なかったし。線香の匂いも嗅いだかどうかも忘れてしまった。

本当に色々なことを忘れてしまった。夏がかわいそうだ。

そういえば今思い出したが、ゴールデン街の納涼祭でスズキングと言うおじさんに貰った黒塗り金字の箸も夏の一部だ。

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蝉の鳴き声が聞こえなくなり、空はグレー色が続いて、あっという間に寒くなってしまった。

季節とゆうものは切れ目がないから怖い。隣を見るとワタナベ君かと思えばスズキさんに変わってたり、かと思えば男が女になってたり、猫が犬になってたり。困ったものだ。

きちんと今から変わりますといってもらえれば僕としてはありがたい。

そしてついに僕の睡眠も気温が下がるのと同時に深い夢の底に下がっていった。最後まできちんと動いていたのは肝臓だけだろう。雪が降り始める頃には、ただベットに横になっていた。誰よりも寝ていたと思うし。今年分の睡眠まで取ってたに違いない。とゆうことで中々寝れない日々が続いてる。

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起きて朝ご飯を食べ、列車が出発するハノイの駅までモーターバイクで送ってもらった。

誰に送ってもらったかというとホテルの受け付けボーイのミンに乗せてもっらた。彼は僕と同じ年齢で日本語を少し勉強していて、なんでも来年は日本の鹿児島に留学することになっているらしい。なぜ鹿児島なのかは謎だ。

彼とは、おない年と言うこともあって仲良くなれた。もっとベトナムの同じ年の子が何をしているか知りたっかったし、見てみたかったが、彼の休みが月に3回なので上手く合わせることができなかった。

9時の列車の予定はチケットが取れなく次の13時の便まで待つしかなくなった。おおよそ4時間を駅前のカフェで過ごした。

乗車時間になりやっと自分の車両まで行ったが。三段ベットの三段目、天井までの高さおおよそ50センチ、起き上がることもできなので一番下のベットにしてくれと伝えた。

換えてもらったはいいが今度はスタッフ用の仮眠室のようなところになってしまった。

車両最後尾にある食堂までいくとベトナムの若者が段ボール一杯に入ったサイゴンビールを飲んでいた。一緒に混ざり三時間ほどベトナム語を教えてもらいながら一緒に飲んだ。少々疲れたので部屋に戻り八神純子の思い出は美しすぎてを聴きながら眠りについた。

八神純子をきくと家族で旅行した帰り道、テールライトに照らされたら道路を思い出す。

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寝台列車がどうだったかと聞かれれば、また別の国でも乗りたいと答えるだろう。景色は街ごとにゆったりと変わるし、海が見えれば山が見えるし、畑が見えれば川もみえる。時間の進み方がとてもゆるやかであった。